旧東海道

ぶらぶら歩く旧東海道 第39回 JR三雲駅~草津宿へ

旧東海道
草津宿の田中七左衛門本陣

昨年11月より半年ぶりの「ぶらぶら歩く旧東海道」今回は京都駅そばのホテルに3泊、目標は少なくとも三条大橋に到着し東海道53次を完歩。出来れば京都から大阪までの東海道54~57次の行ける所まで行こうという腹積もり。

5月29日(金)14時15分 JR三雲駅に到着。天気にも恵まれ(恵まれすぎて暑かった)上々のスタート。
京都駅からJR琵琶湖線で草津駅へ。そこから草津線に乗り換え三雲駅に。草津線は1時間に1本と足の便が悪いので、今日は必ず草津宿までには到着し、そこからどこまで足を延ばせるかな。

JR草津線 三雲駅

三雲踏切を渡ったところにある道路標識と観光マップ。

大沙川隧道の上は、東海道の上を流れる天井川だった。奈良時代に奈良の仏教寺院や石山寺の造営などで乱開発、木々が切り倒され大雨のたびに土砂が流れ、川底が上がって川の下にトンネルを掘る技術が使われた。むかし(奈良時代)から環境破壊ってあったんだね。

大沙川隧道 右の建屋はおもてなし処。三雲城址の写真が掛けられている。

三雲城跡 標識

ここ由良谷川隧道も天井川だった。この地方では隧道・トンネルのことを方言で「マンポ」と言う。

由良谷川隧道

由良谷川隧道の上に上ってみた。

振り返って見た由良谷川隧道。

石部宿の標識

石部中央交差点

東海道 石部宿(五十一宿) 15時28分到着。

石部宿は本陣2軒。小島本陣跡は石碑・説明板が設置されていたが、三大寺本陣跡は分からなかった。風人社の「ホントに歩く東海道」ウォークマップには写真掲載されているが取り壊されたのかな?

石部宿小島本陣跡

縄手とは、立場から立場の道のことを言い、参勤交代の為の大名行列を整列する場所。

石部宿 西縄手

天和2年(1682)野洲川の氾濫で東海道が通行不能となり、南の山道を切り拓いて迂回路とした。
明治4年(1871)に山道の迂回路は距離が長いため、旧道が整備され今までの東海道が復元された。(説明板より)

直進が旧東海道、左折が上道。

五軒茶屋道と古道 説明板

草津線の横を通る旧東海道。

富士山みたいなシルエットだなと思っていたら、やはり地元では「近江富士」と呼ばれている。

近江富士

お寺にキツネの親子を発見!かわいいので近付いたら縁の下に隠れてしまった。

福正寺の正門にキツネの親子が。

親狐と子狐が2~3匹。近付くと縁の下に逃げ込んだ。

六地蔵一里塚

右の東海道の道標下に「やせうま坂」と表記されている。そんな坂でもなかったのだけど、なんだろう?

東海道と中郡街道の道標

目川のひょうたんは名物で、旅人に飲料容器として売られていた。明治頃まで農家の副業的地場産業だった。

ひょうたん販売所

田楽発祥の地

大路三丁目交差点

かつては国道1号線の草津川隧道があったのを撤去して、歩道橋にした模様。

草津川隧道 右は常夜燈、高札場跡。

市民センター・脇本陣跡

東海道 草津宿(五十二宿) 17時39分到着。

田中七左衛門本陣は当時のまま現存する貴重な遺構。残念ながら本日は閉館してしまい見学出来ず。

田中七左衛門本陣

脇本陣跡は、ベーカリー&カフェ脇本陣となっている。

東海道と中山道が合流する草津宿のマンホール蓋。

18時10分、区切りがいいので本日はここまで。明日は田中七左衛門本陣の見学後、三条大橋に向かうことに。本日の移動距離約8.5キロ 所要時間約4時間

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