旧東海道

ぶらぶら歩く旧東海道 第40回その2 三条大橋に到着、五十三次を完歩!

旧東海道
三条大橋 旧東海道五十三次完歩! 

京町一丁目の交差点から琵琶湖湖畔へ向かう。目的は大津城跡!

京町一丁目 交差点

京阪京津線の電車が路面を走る。

大津城跡に到着する。ここは今村翔吾の直木賞受賞作「塞王の楯」の舞台となる場所。しかし何もない。滋賀県観光協会の方々、少しは工夫があってもいいのではないか?

大津城跡

縄張推定復元図をみると、旧東海道沿い・京町一丁目の交差点あたりまで外堀が迫っていて、勾配のあるここまで湖水を満たす仕掛けを、小説の一節に書かれている意味が理解できた。

大津城縄張推定復元図

大津港シンボル緑地公園

クルーズ船 ミシガン

大津港BIWAKOモニュメント

東海道 大津宿(五十三宿) 15時20分到着。

大津宿 本陣跡

逢坂峠(おうさかとうげ)へ向かう。琵琶湖湖畔からダラダラ続く上り坂、大津宿本陣跡を過ぎたあたりから徐々にきつくなってくる。

この先ダラダラ上りが続く。

いよいよ京都の標識が出てきた。

京阪京津線と並走する。

このあたりが逢坂峠の頂上。道路向こうに逢坂山関跡碑が見えるが、渡りずらくてここで撮影。

道路向こうに逢坂山関跡碑。

ここ髭茶屋追分に来るのに進路を誤る。国道1号沿いへ進み途中間違いに気付き、戻って藤尾交番で教えてもらう。
旧東海道を日本橋からやって来たと話をすると、お巡りさん「NHKブラタモリで髭茶屋追分の放映後、訪ねてくる人が多い」と言ってました。

髭茶屋追分

左:伏見へ(旧東海道57次) 右:京・三条大橋へ

髭茶屋追分を下り、国道1号線に架かる歩道橋を渡る。

こういうマップや標識はホントに有難い!

京都市内に入った!

大津宿で手持ちのペットボトルを飲み干したのでここで購入。水分補給でちょっと休憩。

まあ、スカッとしようぜ!クーリッシュとほうじ茶。

天智天皇陵の参道入口

天智天皇陵の参道入口の日時計が目印、旧東海道は左折。

参道入口前にある日時計

この辺りの旧東海道、乗用車がスライド出来ないほど超せまい!
むかし洛中・御所へ攻め込まれないよう、わざと道幅を狭くしていたのかな?

日時計を目印に左折。この先道幅が狭い。

道路せまっ!

旧東海道

ホントに狭い。

旧東海道

最後の最後でまた急坂。逢坂峠で坂は終わったと思っていたのだけど。

ここからまた急な上り坂。

旧東海道(日ノ岡の峠道) 説明板

国道1号線との合流地点。

車石広場

あじさいが咲いていた。野生なのかな?

三条大橋の標識

蹴上駅

「ねじりまんぽ」とは、負荷に耐えられるようねじったように斜めにレンガを積む工法。この上にインクライン(ケーブルカーのような船を載せる台車を線路上に運行させた)琵琶湖疏水があった。日本にもパナマ運河みたいなのがあるんだ!
先を急いでいたし疲れていたので寄らなかったが、いま調べると少しでも寄ればよかったな。

蹴上駅から道路向かいのねじりまんぽ。

広大な蹴上浄水場。

三条大橋に到着!

三条大橋 交差点

高山彦九郎の像があった。上州出身、江戸後期の勤王思想家で幕末の志士たちに多大な影響を与えた。上洛のたびに京都御所に向かって拝礼した。
俺は高山彦九郎を、大河歴史ギャグ漫画みなもと太郎の「風雲児たち」で知った。

高山彦九郎像

三条大橋

弥次喜多像

旧三条大橋の石柱

疲れた顔笑える!

18時、とうとう三条大橋に到着。旧東海道五十三次、完歩!
本日の移動距離約23キロ 所要時間約9時間

今回、江戸から京までの「東海道53次」を無事終えました。次回は江戸から大阪までの「東海道57次」髭茶屋追分(53宿目の大津宿と三条大橋の途中)から大阪へ向けて伏見54宿・淀55宿・枚方56宿・守口57宿・高麗橋ゴールを目指します。これから暑くなるので出発は秋以降かな?

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