お出掛け

真田父子ゆかりの地をめぐる その5 小諸城址 懐古園(関ヶ原の合戦 徳川秀忠軍本陣)

お出掛け
小諸城 大手門

「真田父子ゆかりの地をめぐる」というテーマで旅行に来たので、ここ小諸城址に寄るつもりはなかったが、宿泊したホテルから近かったので寄ることに。結果的に寄って正解!石垣たくさん!いい所でした!
下の写真が有名な大手門かと思ったがこれは三の門。大手門は線路向こう、国道141号近くなので城内をめぐってから向かうつもり。

小諸城の起源は、平安時代から鎌倉時代にかけて。 天文23年(1554年)武田信玄の手中に落ち支配される。信玄は、山本勘助に命じて縄張りをさせ城郭を整備した。これが小諸城の原型である。武田氏滅亡後、織田、徳川に支配が移る。
小諸城は、全国でも珍しい「穴城」と呼ばれ、城下町より低い傾斜地に本丸が築かれている。千曲川の断崖を巧みに利用した要害堅固な城です。

小諸城址 懐古園  お奨め度★★★

第1駐車場に車を停める。みやげ店と三の門の間の道路からこちらへ。

朝から暑かった。エアコンの効いた懐古館は、城内を廻ってからクールダウンを兼ねて後ほど入館することにする。

懐古館

三の門料金所

正面の巨石は復元したもの。明治4年北国街道整備の際、ここの石垣は道路の端縁石に用いられた。石垣を懐かしむ声が多数寄せられ昭和59年、当時より大きい石を用いて復元された。

二の丸跡の石垣

二の門跡

黒門橋

苔むした石垣

藤村記念館 興味・時間ともないので入館パス。

水の手展望台

千曲川

地獄谷に架かる酔月橋。

桜開花状況 観測の木

天守台跡

天守台脇より かなり高いのが分かるかな。

懐古神社

懐古園の碑 題額は勝海舟の書

城内見学を終え、懐古館でクールダウンを兼ねて見学。モニターで上映されていたCG作成された当時の城内の説明がなかなか良かった。

懐古館前ののぼり旗。真田贔屓の俺としては、なんかうれしい!
「関ケ原の合戦・第二次上田合戦 徳川秀忠公御本陣 徳川三万八千の軍勢の本陣」だって。

懐古館前に飾られていたのぼり旗。

憩石とは、関ヶ原の合戦出陣時、徳川軍は上田城攻略のため小諸城を本陣とした。その在陣中の秀忠公の床几石と伝えられている。

徳川秀忠公 憩石

三の門をくぐり、線路下の地下道を抜けて大手門へ。この門は小諸城の中で一番高い位置にある。平成の大修理を経て江戸時代の姿を現在に。

大手門 正面

大手門 内部

大手門内部より正面側

大手門内部より小諸駅方面を見る。

小諸駅

あまりに暑く、小諸駅舎内にあるカフェ「小諸駅のまど」で小休止。アイスコーヒーとおやきを。うまかった!(写真撮り忘れた)

小諸駅舎内

東西自由通路からの東小諸駅方面。

東西自由通路からしなの鉄道 滋野駅方面

小諸駅より三の門正面に戻る。これより群馬の岩櫃城・沼田城跡へ。

三の門 正面

訪問日:8月2日(日) 真田父子ゆかりの地をめぐる その6 岩櫃城・沼田城跡に続く。

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